鹿子舞とは?

風流獅子舞とは?

厚沢部町に伝わる鹿子舞は、「風流獅子舞」と呼ばれる伝統芸能です。
「三匹獅子舞」という呼び方も一般的です。
神楽獅子舞とは芸能のルーツが全く異なります。

風流獅子舞は、室町時代に流行した「風流踊り」の影響を受けて成立した芸能と考えられています。
風流系の芸能は、祭礼などで演じられる雅な舞や演芸を起源とし、室町時代に流行します。
日本各地で踊られる盆踊りは風流系芸能の代表格です。
風流獅子舞の歌詞には近畿地方の風流唄の文句が取り入れられており、両者の関係をうかがうことができます。

 

風流獅子舞の特徴

神楽獅子舞との最大の違いは、一人立ちの獅子舞であることです。
神楽獅子は、最低二人で1頭の獅子を操作しますが、風流獅子舞は必ず一人が一頭の獅子を操作します。

風流獅子舞は大きく分けて、太鼓踊りと幕踊りに分類されます。
太鼓踊りは、獅子の腹に付けた太鼓をうち鳴らしながら踊るものです。
幕踊りは太鼓を持たないもので、衣装の袖や袖の中に入れた棒などを握って踊ります。

演奏に使われる楽器は、笛、太鼓、ササラ、鐘などがあります。

演目は、地域によって様々ですが、1頭の雌獅子を複数の雄獅子が奪い合う「女獅子争い」が演目のクライマックスとなる点が共通するようです。

 

風流獅子舞の分布

風流獅子舞は中部地方の一部と関東地方、東北東北地方、北海道南部に分布する。
近畿地方、中国地方、四国地方、九州地方には原則として分布しません。

太鼓踊りは、中部・関東地方から東北地方南部に分布し、東北地方北部と北海道南部は幕踊りが分布します。

 

厚沢部町とその周辺の鹿子舞

北海道南部の鹿子舞は、厚沢部町、乙部町、江差町、上ノ国町に分布します。
すでに廃絶してしまったものも含めると、現在、15箇所の集落で鹿子舞が踊られていたことが確認されています。
厚沢部川流域では、10箇所の集落で鹿子舞が踊られていたことが確認されています。

北海道南部の鹿子舞一覧

上ノ国町 大留鹿子舞
江差町 五勝手鹿子舞、豊部内鹿子舞、泊鹿子舞、田沢鹿子舞どんば鹿子舞、小黒部鹿子舞、鰔川鹿子舞
厚沢部町 土橋鹿子舞、赤沼鹿子舞、上俄虫鹿子舞安野呂鹿子舞当路鹿子舞、釜ノ沢鹿子舞
乙部町 姫川鹿子舞

青字は現在も踊られているもの 

北海道南部の鹿子舞は、3頭立てのものと5頭立てのものがあり、五勝手鹿子舞や大留鹿子舞など南部では5頭立ての鹿子舞が多く、厚沢部川流域をはじめとした北部では3頭立てが多く分布します。

 

厚沢部の鹿子舞

現在厚沢部町内に伝承される鹿子舞は、いずれも3頭立てのものです。
いくつかの系譜関係が確認されており、
釜ノ沢(南館町)鹿子舞は土橋(富栄)鹿子舞からの分家
当路鹿子舞はどんば鹿子舞からの分家
赤沼鹿子舞は、かつては独自の踊りを保持していましたが、明治44年に安野呂(滝野)鹿子舞から鹿子分けを受けています。

土橋鹿子舞、上俄虫鹿子舞、安野呂鹿子舞については他の鹿子舞との系譜関係は確認されていません。 

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